過去と今

精神医学

昨今マインドフルネスが流行っているが、マインドフルネスの本旨である「今、この瞬間を大事にする」というフレーズは、今以外、つまり過去や未来のことばかりくよくよ考えて辛い人が多いから、巷で普及するのだろう。

過去や未来のことに思考を巡らす能力は、高等生物が獲得した崇高な能力である一方で、現代人の悩みの種だ。今回は下記の2つの書籍を参考にしつつ、過去と今に焦点を当てて論考したい。

「トラウマセンシティブ・マインドフルネス」デイビッド・A・トレリーヴェン, 金剛出版, 2022/11

「身体はトラウマを記録する」ベッセル・ヴァン・デア・コーク, 紀伊國屋書店, 2016/10

進化心理学の見知では、過去のことを考えるのは、過去を反省し、より良い今を創るためだ。だから仮説として、過去のことを必要以上に引きずり、くよくよ考え続けてしまうのは、今を創るための良い反省がまだ出来ていないからなのではないか。特定の過去のイベントが、まだ頭の中でうまく解釈・反省・統合されていないから、それを試みるために何度も何度も再体験するために思い出されるのではなかろうか。

この解釈・反省・統合には、背外側前頭前野(DLPFC)と海馬の機能が重要と言われている。激烈なトラウマ体験は、海馬の機能を麻痺させるため記憶の統合が進まず、フラッシュバックなどの再体験を繰り返すと言われている。一方マインドフルネスは背外側前頭前野の機能を高めることにより、過去への囚われを減らすと言われている。

(フラッシュバックが辛すぎる方を除いて)マインドフルネスが有効な手段であることは間違いなさそうであるが、意識的に過去と向き合って、解釈・反省・統合を促し、過去への囚われを減らす方法はないのだろうか。それとも、意識的に向き合えば向き合うほど記憶が強化され、囚われ続けてしまうのだろうか。

この問いに対する自信のある解はまだ得ていないが、現段階での指針としては、「感情の波に飲まれないだけの距離をとりつつ、時々過去と向き合い新たな解釈を探しつつ、感情の波に飲まれそうになったらマインドフルネスの技術でもってそれを避け、今この瞬間の目の前のことに集中し、あとは背外側前頭前野や海馬などの機能を信頼し、無意識下で良い統合がなされるのを寝て待つ」としている。感情に飲み込まれさえしなければいくら過去のことを考えても日常生活に支障はでないし、自然な治癒力を期待して時が癒してくれるのを待つ、というのが大事な姿勢と思う。

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