心の病と身体の痛み

精神医学

精神科の患者さんたちの中には、心の症状とともに、身体の症状を訴える方が少なくない。心の病と身体の症状に関する自論を記したいと思う。

まず、身体の症状は非常に重要な情報である。医師も、患者さんも、身体の症状を軽視してはいけない。

卵が先か、ニワトリが先かの議論になってしまうことが多いが、心と身体は相互に強く影響を及ぼしあっている。それは2000年以上前からブッダが言っていたし、科学的な西洋医学の裏付けもある。

精神科の外来を受診する方で頻繁にあるパターンとして、突然強い胸痛を感じて救急車で大きな病院に運ばれたが、様々な検査の結果、「身体には何も異常が無いので精神科に行ってください」と言われてしまうケースだ。胸痛の他にも、強い頭痛・めまい・耳鳴り・吐き気・喉のつかえ・呼吸困難・動悸・心臓が飛び出そう・みぞおちの痛み・腹痛・便秘・下痢・手足のしびれ・フワフワする、などの訴えをよく聞く。「身体には何も異常がない」と医師に言われてしまうと、患者さんはまるで自分が仮病を使ってズルをしていると思われたかのような気分になってしまう。はたして、本当に身体に異常はないのだろうか。

私の現在の自論としては、身体に症状がある限り、必ず身体にも異常があるのだと思っている。ただ、今の検査技術レベルでは異常を検知することができないだけだと思う。

数百万年以上の自然淘汰の中で、心の病に伴う身体の症状が、単なる身体のエラーとは考えづらい。つまり、身体の症状にも、必ず意味があるはずだ。心の病の多くで、不安や恐怖が問題となるが、不安や恐怖をまさに不快なものとして生体としての本人に分からせ、行動させるためのきっかけとして、身体の症状が役に立つのではないかと思う。不安や恐怖だけでは現実的な行動を起こそうと思わない人でも、毎日腹痛が続けば環境を変えようと動くかもしれない。

心の病に胸痛を伴う患者さんに対して、精神科の薬を使ったり、悩んでいることを丁寧に聞くことはとても重要であり、それは多くの精神科医が行なっていることだと思うが、私はさらに、その胸痛の処理の仕方も患者さんと一緒に考えるべきと思う。そしてそれは専門的な難しい話ではなく、例えば胸痛なら、まさに痛いところを丁寧に撫でるとか、温めるとか、言われてみれば当たり前のことを、きちんと診察室で再確認すべきだと思う。心と身体は強く結びついており、まさに症状が出ている身体のパーツを丁寧にケアする姿勢をまず医師が見せ、患者さん自身もその重要性に気づいていくことができれば、治療において大きく前進できると思う。

心の状態と身体の状態の関連は非常にホットな研究分野であり、例えば実は頭ではなく腸内環境(細菌叢)がメンタルの状態を決めていて、腸内環境の状態に即したイメージ(不快な記憶や妄想・心地よい空想など)を人の脳(意識)に描き、腸内環境が望む行動を人にとらせているという考え方すらある。人の身体には自分では意識できない感覚神経や運動神経(例えば食事によって食塊の流入を検知した胃や腸は、それを消化するために蠕動運動を始めるが、それはほとんど無意識下で進む)がたくさんあり、そういった無意識の領域からたくさん影響を受けて意識の領域の内容も決まるのであり、無視することはできない。

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