今回は転科とは関係なく、精神医学の観点で。
精神科診療において「不安」という感情と向き合わない日はない。
数日前、暑さの中で頭が痛くて、「もし重症の熱中症だったらどうしよう」と強く不安になってしまい、わざわざ外来まで来てくれた患者さんがいた。
一般的な感覚だと、暑くて頭が痛ければ、家の中にいて冷房を効かせて水を飲んで休んでいよう、と思うだろう。でも不安が強い患者さんはその暑さの中わざわざ病院に来てしまう。
ここで私は、精神科患者さんの不安が異常だと言いたいのではなく、不安とはこのように理性的な判断を欠き、少なからず妄想を含み、そして健常者誰しもが持ちうる感情だと言いたい。
進化心理学の観点から言えば、不安という感情は生存のためのリスクを回避する機能をもち、その強い感情によって個体に行動を促す原始的な仕組みだ。発生学的には理性的な判断より古く、時には理性を凌駕する。理性と不安が矛盾することがあるが、出どころが違うから仕方がなく、その時に強い方が主導権を握るだけの話である。
不安が強くなってしまえば理性は役にたたず、それが生活に支障を来すようになれば不安症と診断がつく。
ただ、健常者にも同様の構造はあって、程度の問題でしかない。
SSRIやSNRIが効くと言われているが、人によっては「マインドフルネス呼吸法」が著効することを最近現場で感じている。
マインドフルネスは、仏教の瞑想の効果を、科学で理解できる範囲で再現した心と頭の修練の体系だ。苦は全て過去と未来からやってくるという前提で、今この瞬間と向き合うことで苦から逃れることができるという考え方である。過去の後悔、不快なフラッシュバック、将来の再現ない不安など、嫌な感情は全て過去と未来からやってくる。実は、今この瞬間のことで思い悩むことは少ない。マインドフルネス呼吸法は、一番基本となる訓練法で、深呼吸を続ける中で、足裏と地面が接する感覚、手のひらに伝わる太腿の暖かさ、呼吸に同調するお腹の動き、そして喉に触れる息の冷たさ・暖かさなどに意識を向けることによって、今この瞬間に集中するというものだ。1日3分でいいから続けると、最初は雑念に支配されてすぐに頓挫するが、1週間程度でリラックスする瞬間を感じることができるようになる。練習を続けると、取り組んでいない時間にも意識を今この瞬間に向けやすくなる。
パチンコ依存の患者さんがこれに取り組んだところ、パチンコに行きたいという衝動を数時間忘れることができた。強い不安・ストレスから不随意発声を止められない患者さんは、ある時ふと「ま、いっか」と気が抜け、数分間不随意発声を止めることができた。
過去や未来と一切向き合わずに生きていくわけにはいかないけれど、今この瞬間と自由に行き来することができるようになれば、誰しもがもう少し生きやすくなるだろう。
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